訪問看護ベースアップ評価料とは?

2024年度の診療報酬改定において、訪問看護ステーションで働く職員の賃上げを後押しするために、訪問看護ベースアップ評価料(以降ベースアップ評価料)が新たに設けられました。
この制度は、小規模な訪問看護ステーションの管理者にとって、経営改善や人材確保につながる新たな選択肢となります。
ここでは、ベースアップ評価料の制度概要とその背景について詳しく解説していきます。
NEW2025年1月からの様式簡素化について
2025年1月、ベースアップ評価料Ⅰの届出様式が大幅に簡素化されました。
これまで複雑だった賃金改善計画書の記入項目が削減されたことで、より手軽に申請できるようになりました。今まで申請をためらっていたステーションでも、職員の賃上げに踏み切りやすくなっています。
なぜ今?訪問看護を取り巻く現状とベースアップ評価料創設の背景
ベースアップ評価料が2年間の期間限定で創設された背景には、主に以下の3つの理由があります。
- 物価上昇や人材確保の課題
- 物価高騰や賃金上昇圧力に対応し、訪問看護職員の処遇改善を図る必要があったため。
- 物価高騰や賃金上昇圧力に対応し、訪問看護職員の処遇改善を図る必要があったため。
- 医療従事者の賃金格差是正
- 他職種との賃金格差を是正し、訪問看護ステーションでの人材確保を支援するため。
- 他職種との賃金格差を是正し、訪問看護ステーションでの人材確保を支援するため。
- 全世代型社会保障の実現
- 高齢化社会に対応するため、医療・介護分野の労働環境改善を進める政策の一環として実施。
- 高齢化社会に対応するため、医療・介護分野の労働環境改善を進める政策の一環として実施。
これらの状況を受け、2024年度に2.5%、2025年度には2.0%の賃金上昇を目指す特例措置として、ベースアップ評価料が導入されました。
そもそも「ベースアップ」とは? 「ベースアップ」とは、職員の基本給や毎月支給される手当を恒常的に引き上げることを指します。 「ベア」とも呼ばれ、定期昇給とは異なり、給与の基礎部分を底上げするものです。 |
小規模訪問看護ステーションがベースアップ評価料を算定するメリット・デメリット

ベースアップ評価料は、得られた診療報酬を全て職員の賃上げに充てなければなりません。加算のように、事業所の運営資金に充当できる直接的な収入アップにはならないのです。さらに複雑な手続きの割に職員一人当たり数千円の昇給にとどまることも。
「この労力に見合うのか」という管理者の本音をよく耳にします。しかし、この制度には見過ごせない価値もあります。
ここでは、小規模訪問看護ステーションにとってのベースアップ評価料のメリットとデメリットを具体的に解説します。
訪問看護ベースアップ評価料を算定するメリット
小規模ステーションがベースアップ評価料を算定することで、主に以下の3つのメリットが期待できます。
①質の高い人材の確保と定着
小規模ステーションにとって、人材は最も重要な経営資源と言えます。ベースアップ評価料による賃上げは、スタッフのモチベーションを高め、定着を促進します。
経験豊富なスタッフが長く働く環境は、安定したサービス提供体制の構築と、継続的な訪問看護サービスの質の向上を実現。ひいては経営基盤の強化にもつながるでしょう。
②地域からの信頼UP!選ばれるステーションへ
職員の待遇改善は、質の高い訪問看護サービスにつながり、地域からの信頼獲得に貢献します。
地域からの信頼を得ると、利用者の紹介や、地域の医療機関との連携が強化され、ステーションの安定的な運営が可能になります。
③業務効率化を支援する給付金が活用可能に!
ベースアップ評価料を申請すると、業務効率化に繋がるIT機器などの導入費用を補助する「生産性向上・職場環境整備等支援事業」の給付金を受け取れます。
この給付金を活用すれば、賃上げだけでなく、業務効率化も実現可能です。
生産性向上・職場環境整備等支援事業の概要と要件は次のとおりです。
項目 | 内容 |
給付対象 | 2025年2月1日時点でベースアップ評価料を届け出ている、または同年3月31日時点でベースアップ評価料を届出が見込まれるステーション |
支給要件 | 2024年4月1日から2025年3月31日までの間に、業務効率化や職員の待遇改善を目的として、必要な経費を支出する場合(複数可) |
対象となる費用例 | ・ICT機器等の導入による業務効率化: タブレット端末、WEB会議設備、床ふきロボット、監視カメラなど ・タスクシフト/シェアによる業務効率化: 看護補助者への物品準備、環境整備といった業務移行など ・給付金を活用した更なる賃上げ: 処遇改善を目的とした、既存職員の賃金改善 など |
給付額 | 1施設あたり18万円 |
【注意点】 実施スケジュールや詳細な要件は都道府県によって異なるため、必ず各都道府県の交付要綱等をご確認ください。
(参考:日本医師会「ベースアップ評価料の3月末までの届出のご検討をお願いいたします!!」)
訪問看護ベースアップ評価料を算定するデメリットと対策
ベースアップ評価料には良い面だけでなく、気をつけるべき注意点もあります。
ただ、うまく対策を取れば、マイナス面を減らしつつ、この制度の利点を最大限に活かせます。
事務作業増大は効率化ツール活用と情報共有で乗り切る
訪問看護ベースアップ評価料の算定にあたっては、賃金改善計画の作成や実績報告など、通常業務に加えて一定の事務作業が発生します。
特に小規模ステーションでは事務員を置いていないことも多く、看護師や管理者自身が事務作業も担当することになり、負担が大きくなってしまうことが心配です。
【対策】
- ITツールの導入
- 訪問看護ソフトを活用し、職員の基本給や勤務時間などの情報を一元管理すれば、賃金改善計画の作成や実績報告に必要なデータを容易に抽出できます。
- 情報共有の徹底
- ステーション全体で制度の理解を深め、情報共有を密に行うことで、事務作業の偏りを防ぎ、効率的な連携体制を構築することが重要です。
- 支援ツールの活用
- 厚生労働省や民間企業が提供している支援ツールを積極的に活用し、事務作業を効率化しましょう。
利用者負担は丁寧な説明で理解促進
訪問看護ベースアップ評価料を算定すると、利用者さんの自己負担額が少し増えることがあります。そのため、利用者や家族から質問や心配の声が寄せられることもあるでしょう。
【対策】
- 丁寧な説明
- ベースアップ評価料の目的や制度の概要について、利用者や家族に丁寧に説明することが重要です。
- 情報公開
- ベースアップ評価料の算定状況や、賃上げに関する情報を積極的に公開すれば、利用者や家族からの理解を得やすくなります。
- 相談窓口の設置
- 利用者や家族からの質問や相談に対応する窓口を設置し、丁寧なコミュニケーションを心がけましょう。
訪問看護ベースアップ評価料Ⅰの算定要件と注意点

ここでは、ベースアップ評価料Ⅰの算定要件と注意点について、わかりやすく解説します。
算定料
ベースアップ評価料Ⅰは、訪問看護管理療養費を算定している利用者1人につき、月1回を限度として780円を算定できます。
算定要件の詳細
ベースアップ評価料Ⅰを算定するには、以下の要件を満たす必要があります。
- 対象職員の勤務: 主として医療に従事する職員が勤務していること
- 賃金改善の実施: 2024度・2025年度に、対象職員の賃金(役員報酬、定期昇給除く)を改善すること
- 賃金改善の方法: 基本給、または毎月支払われる手当(ベア等)の引上げで改善すること
- 評価料の使用目的: 評価料は、対象職員のベースアップ等、およびそれに付随する費用(賞与、時間外手当、法定福利費等)に充てること
- 事務職員に関する特例: 2025年度に対象職員の基本給等を2024年度と比較して2.5%以上、2026年度に対象職員の基本給等を2024度と比較して4.5%以上引き上げた場合、事務職員などの当該訪問看護ステーションに勤務する職員の賃金改善を実績に含めることができる(役員報酬と定期昇給によるものを除く)
- 賃金改善計画書の作成: ベースアップ評価料Ⅰの算定期間において、賃金改善計画書を作成していること
- 労働関連法規の遵守: 労働基準法等の労働関連法規を遵守していること
- 賃金改善に関する周知: 賃金改善の方法などを職員に周知し、内容について照会があった場合は、書面で回答すること
- 社会保険診療等収入の割合:社会保険診療等による収入金額が、総収入の100分の80を超えていること
(参考:R6年厚生労働省「訪問看護ステーションの基準に係る届出に関する手続きの取扱いについて」)
算定にあたっての注意点
訪問看護ベースアップ評価料Ⅰの算定にあたっては、以下の点に注意が必要です。
- 賃金水準の維持
- 評価料で賃金改善する項目以外は、既存の賃金水準を下げてはいけません(業績等で変動するものは除く)。
- 評価料で賃金改善する項目以外は、既存の賃金水準を下げてはいけません(業績等で変動するものは除く)。
- 賃金改善効果の判断
- 実際に賃上げが行われたかを確認するため、「評価料による賃上げがなかった場合の賃金総額」と「賃上げ後の賃金総額」を比べる必要があります。
- 実際に賃上げが行われたかを確認するため、「評価料による賃上げがなかった場合の賃金総額」と「賃上げ後の賃金総額」を比べる必要があります。
- 法定福利費の考慮
- ベースアップ評価料Ⅰによる収入を実際の賃上げ額に換算する際は、事業主負担の法定福利費(社会保険料、労働保険料など)も考えましょう。簡素化された申請様式では、法定福利費相当額が自動計算されるので便利です。
- ベースアップ評価料Ⅰによる収入を実際の賃上げ額に換算する際は、事業主負担の法定福利費(社会保険料、労働保険料など)も考えましょう。簡素化された申請様式では、法定福利費相当額が自動計算されるので便利です。
- 最新情報の確認: 制度の詳細や最新情報は、厚生労働省や地方厚生局のウェブサイトで確認しておきましょう。
【重要】 訪問看護ベースアップ評価料は、2025年度(令和7年度)までの時限的な特例措置です。2026年度以降については、今後の動向を注視する必要があります。 |
ベースアップ評価料ⅠとⅡの違い
訪問看護ベースアップ評価料には、評価料Ⅰと評価料Ⅱの2種類があります。
- 評価料Ⅰ: 届出様式の簡素化により、算定しやすくなりました。
- 評価料Ⅱ: 評価料Ⅰだけでは賃金改善が十分でない場合の追加的な評価料です。主に介護保険の利用者が多いステーションが対象となります。
評価料Ⅱは、まず評価料Ⅰの届出を行ったうえで、さらに細かな要件を満たす場合に算定できます。具体的には、評価料Ⅰの算定額が「対象職員の給与総額×医療保険利用者の割合×0.012」未満である場合に適用可能です。
ただし、算定要件や計算方法が非常に複雑なため、小規模ステーションにとっては現実的な選択肢とは言えないかもしれません。
訪問看護ベースアップ評価料Ⅰの届出と計算方法【2025年1月様式簡素化】

ベースアップ評価料Ⅰの届出方法と計算方法について、簡素化された様式を用いて、具体的なステップごとにわかりやすく解説します。
届出の流れとスケジュール
まず、ベースアップ評価料Ⅰの届出の流れを把握し、スケジュールを立てて、スムーズに申請を進めましょう。

(引用:厚生労働省「訪問看護ベースアップ評価料(Ⅰ)専用届出様式作成の手引き 【令和7年1月改定版】」p.2)
届出のポイントは以下のとおりです。
- 提出期限:算定を開始したい月の最初の平日まで
- 様式の提出:原則としてメールで提出
不明な点がある場合は、事前に地方厚生局・都道府県事務所に問い合わせましょう。
届出に必要な書類
ベースアップ評価料の届出に必要な書類は以下のとおりです。簡素化された様式により、準備もぐっと楽になりました。
- 訪問看護ベースアップ評価料Ⅰ専用届出様式(Excel形式)
- 厚生労働省のウェブサイトからダウンロードできるExcel形式のファイルです。ファイルには「別添」と「計画書」のシートがあり、評価料Ⅰの算定に必要な項目がまとめられています。「別添」シートに情報を入力すると、「計画書」シートに自動的に反映される仕組みになっています。
- 【重要】必ず厚生労働省のベースアップ評価料特設ページから最新版をダウンロードしてください。
- そのほかの書類
- 開設許可証の写しや、賃金台帳の写しなど、ステーションの基本情報や賃金に関する書類が必要となる場合があります。
- 提出書類は、各地方厚生局・都道府県事務所によって異なることがあるため、事前に必ず確認しましょう。
別添シートの記入例と計算方法|最新の様式でわかりやすく解説
簡素化された様式に対応した、別添シートの記入例と計算方法を解説します。


💡直近1か月の訪問看護管理療養費算定回数を入力するだけで、算定金額の見込み額を自動で計算できます。 |
小規模ステーションを想定した、以下のシンプルな例で具体的な計算方法を見ていきましょう。
- 基本情報
- 直近1か月の訪問看護管理療養費算定回数:20回
- ベースアップ評価料Ⅰの金額(1回あたり):780円
- 1か月あたりのベースアップ評価料Ⅰ収入見込み額を計算
- 20回 × 780円 = 15,600円
- この15,600円が、ベースアップ評価料Ⅰによってステーションが得られる収入見込み額となります。
- 実際に賃上げに使える金額を計算
- ベースアップ評価料Ⅰによる収入は、すべて職員の賃上げに充てる必要がありますが、賃上げを行うと、事業主が負担する社会保険料などの法定福利費も増加します。
そのため、実際に賃上げに使える金額は、以下の計算式で算出します。- 15,600円 ÷ 1.165 ≒ 13,391円
- つまり、このステーションでは、1か月あたり約13,391円を賃上げに充てることが可能です。
- ベースアップ評価料Ⅰによる収入は、すべて職員の賃上げに充てる必要がありますが、賃上げを行うと、事業主が負担する社会保険料などの法定福利費も増加します。
- 職員への配分
- 少なくとも13,391円以上を、職員の1カ月あたりの賃金に配分します。
- 少なくとも13,391円以上を、職員の1カ月あたりの賃金に配分します。
職種ごとの配分方法
訪問看護ベースアップ評価料によって得られた収入を、どの職種の職員に、どのような方法で配分するかは、各ステーションの判断に委ねられています。
配分方法を検討する際のポイントは以下のとおりです。
- 各職員の貢献度や業務内容等を考慮し、公平な配分となるように努めましょう。
- 配分方法については、事前に職員と十分な話し合いを行い、合意を得ておくことが大切です。
(参考:日本看護協会『令和6年度診療報酬改定「ベースアップ評価料」が新設6月より算定可能に』)
訪問看護ベースアップ評価料Ⅰ Q&A

ここでは、ベースアップ評価料Ⅰについて、小規模ステーションの管理者の方からよく寄せられる質問とその回答をまとめました。
Q1:事務員やパート職員も対象になりますか?
⇒ベースアップ評価料Ⅰの対象となるのは、主として医療業務に従事する職員です。事務職員の方であっても、看護師の補助など、医療行為に関連する業務を行っている場合は対象となります。パート職員の方も同様に、医療行為に従事している場合は対象となります。
💡事務作業のみを行う職員は、原則として対象外となります。 |
Q2:賃上げはいつから反映される必要がありますか?
⇒賃金改善は、訪問看護ベースアップ評価料の算定期間である2024度および2025年度中に行う必要があります。
原則として、届出を行った月の翌月から算定が開始されるため、算定開始に合わせて賃上げを実施することが一般的です。
Q3:利用者の自己負担額は変わりますか?
⇒ベースアップ評価料は、保険診療報酬として算定されるため、わずかではありますが、利用者の自己負担額が増加する場合があります。 これは、ベースアップ評価料が総医療費の一部として上乗せされるためです。
ただし、自己負担額の増加はわずかであり、多くの場合、月額数十円から数百円程度に収まります。
💡制度の内容と自己負担額の変更について、利用者と家族に丁寧に説明し、理解を得ることが重要です。 |
Q4:算定をやめた場合、どうなりますか?
⇒ベースアップ評価料の算定をやめた場合、必ずしも賃上げ後の賃金水準を維持しなければならないというわけではありません。しかし、職員のモチベーション維持のためにも、可能な限り賃金水準を維持するよう努めることが望ましいでしょう。
💡算定をやめる場合は、事前に職員に説明し、理解を得ることが大切です。 |
Q5:直近1か月の算定回数が少ない(多い)場合はどうしたらよいですか?
⇒直近1ヶ月間の訪問看護管理療養費の算定回数が、通常の月と比べて大きく異なる場合は、直近3ヶ月間の平均算定回数を用いるなど、より実態に即した合理的な方法で計算しても差し支えありません。
💡より実態に近い数値を記載するようにしましょう。 |
Q6: 賃金改善の取組状況について、報告は必要ですか?
⇒ ベースアップ評価料の届出を行っている訪問看護ステーションは、毎年8月に前年度の賃金改善の取組状況について報告を行う必要があります。
例えば、2025年3月にベースアップ評価料の届出を行い、2025年4月から算定を開始した場合は、2026年8月に前年度の実績報告を行います。
なお、報告書の様式は2025年4月頃に公表される予定です。
Q7:社会保険診療等収入金額が総収入の8割を超えない場合は算定できないのでしょうか?
⇒はい、ベースアップ評価料Ⅰの算定要件として、社会保険診療等による収入金額が、総収入の8割を超えている必要があります。自費サービス等の割合が高いステーションは、算定要件を満たせない可能性があります。
まとめ:訪問看護ベースアップ評価料Ⅰを賢く活用し、ステーションの成長へ

この記事では、訪問看護ベースアップ評価料Ⅰの制度概要から、算定要件、届出方法、計算例、そして算定する上での注意点まで、小規模ステーションの管理者向けに詳しく解説してきました。
2025年度も訪問看護ベースアップ評価料は申請可能です。届出様式が簡素化されたことで、これまで申請をためらっていたステーションでも、算定に挑戦しやすくなりました。
ベースアップ評価料Ⅰの算定は、職員の賃上げにつながり、更には業務効率化を支援する給付金の対象となる可能性もあります。給付金の給付を受けるためには、まず2025年3月31日までに「届出見込み」としてベースアップ評価料の届出を行う必要があります。
今すぐ行動を起こし、ベースアップ評価料を賢く活用して、ステーションの成長へとつなげていきましょう。
最後までお読みいただき、ありがとうございました。
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※この記事は、2025年3月7日現在の情報に基づいて作成されています。制度の内容は変更される可能性があるため、必ず最新情報を確認してください。